なぜ「噛む」ことが注目されるのか
私たちは普段、食事を「飲み込むように」済ませがちです。
しかし最近、「食べ物をよく噛むことが、ダイエットや健康に良い」という話が、栄養学や医学の分野でも注目され始めています。
その理由は、噛むことで「消費エネルギーが上がる」「満腹感が早く得られる」「血糖値の上昇を緩やかにする」など、体の中でさまざまな有利な変化が生じるからです。
以下で、科学的な根拠に基づいたポイントを紹介していきます。
よく噛むことの科学的根拠
● 食事誘発性熱産生(DIT)の増加
食事を摂った後、体はその消化・吸収活動でエネルギーを使います。この現象を「食事誘発性熱産生(Diet-Induced Thermogenesis, DIT)」と呼びます。
よく噛むことは、このDITを増やす可能性があると報告されています。たとえば、「咀嚼時間・味覚刺激」を加える実験では、口腔での咀嚼刺激がDITを高めることが示されました。
また、ロッテの研究でも、同一カロリーの食品を「早く食べる」 vs 「ゆっくりたくさん噛む」で比較したところ、ゆっくりよく噛んだほうがDITが増え、1年換算で体脂肪1.5kg相当分の違いになる可能性を指摘しています。
要するに、「ただ食べるより、よく噛みながら食べるほうが消費エネルギーをほんの少し多くできる」可能性があります。
● 食欲抑制/満腹感アップ
よく噛むことで、少ない食事量でも満腹感を得やすくなるという報告があります。
ある実験では、ピザを食べる際、噛む回数を通常の1.5倍・2倍に増やしたところ、摂取カロリーがそれぞれ9.5%・14.8%も減少したという結果が出ています。
別の研究では、咀嚼回数を増やす行為自体が「食物摂取を減らす行動戦略になりうる」と結論づけられています。特に、咀嚼を増やすことで食べる速さが落ち、自然と量が減る可能性があります。
総括的に、咀嚼は空腹感を抑えたり、満腹中枢を早く刺激したり、食欲を下げるようなホルモン応答を引き起こす可能性があると考えられています。
つまり、「よく噛む → 食べるスピードが落ちる → 脳が満腹だと認識するタイミングにゆとりができる → 結果的に食べ過ぎない」という流れが期待されます。
● ホルモン・血糖値への影響
よく噛むことは、食後の血糖値・インスリン応答、満腹ホルモン(GLP-1 など)にもプラスの影響を及ぼす可能性が報じられています。
しっかり噛むことで、インスリン以外に GLP-1(腸由来ホルモンで満腹感・血糖調整に関与) の濃度が上がるという報告があります。
また、咀嚼回数の増加は、糖代謝改善や体脂肪低下とも関連があるという研究もあります。
ただし、これらのメカニズムはまだ研究段階であり、すべての人で確実に同じ効果が出るとは限りません。
実証研究から見える「咀嚼回数と摂取量の関係」
具体的な研究例をいくつか紹介します。
研究 方法・条件 結果・示唆
ピザを通常・1.5倍・2倍噛む実験 45人対象、噛む回数を操作 1.5倍で摂取量9.5%減、2倍で14.8%減
咀嚼回数を15→40回に増やす実験 アーモンド等を用いた実験 食欲が低下し、満腹感が増える傾向あり
咀嚼ガイダンスで体重・BMIの変化を見る研究 栄養指導+咀嚼法指導群 vs 通常群 咀嚼指導群で BMI 低下・体脂肪改善が見られたという報告
これらの報告から、「噛む回数を意図的に増やす」ことが、食べる量を自然と制御してくれる可能性が示唆されています。ただし、被験者や年齢、食べ物の種類によって差があるため、“魔法の方法”というほど万能ではありません。
日常でできる「よく噛む」実践のコツ
読む人がすぐに試しやすいように、具体的なコツをお伝えします。
1. 一口30回を目安に
多くの健康機関が「一口30回噛む」ことを推奨しています。
2. 箸を置く・口を閉じる時間をつくる
ひとかみごとに箸を置く、または口を閉じて噛む時間をゆったり取る方法があります。
3. 硬め・噛みごたえのある食材を意図的に取り入れる
繊維・野菜・根菜類など、咀嚼回数を自然に増やす食材を意識的に使う。
4. ながら食べを避け、食事に集中する
テレビ・スマホをオフにして、味・食感を味わいながら食べると、自然と噛む回数が増えやすくなります。
5. 最初の2~3口に特に意識を向ける
全部の口に30回噛むのが難しい場合、まず最初の数口で「丁寧に噛む」習慣をつけるだけでも効果があります。
6. 習慣化の記録をつける
「今日は噛み回数を意識できたか」を日記 or スマホでチェックして、継続につなげると良いです。
注意点・限界も知っておこう
せっかく良い方法でも、万能ではありません。以下は注意しておきたい点です。
食材や調理法によっては無理がある
スープ・お粥・やわらかいものばかりだと、30回噛むのは難しい場合があります。そんなときはできる範囲で「噛む回数をやや増やす」だけでも意味があります。
時間がかかりすぎてストレスになることも
仕事中や忙しいときに、ゆっくり噛むことがかえってストレスになることも。無理なく取り組めるペースで始めるのが大事です。
他の要因(食事バランス・運動・睡眠)が重要
よく噛むことはあくまで補助的な手段です。カロリー過多、食事内容、運動不足、睡眠不足といった根本問題への対処も必須です。
個人差が大きい
性別・年齢・消化能力・内臓状態・ホルモン状態などで効果の出方は異なります。全員に同じ効果があるわけではありません。
今日から始めたい、一口30回はじめの目安
「よく噛むこと」は、シンプルながら科学的にも根拠が出始めているダイエット補助の手段です。
消費エネルギーの微増、食欲抑制、血糖調整などの働きを通じて、“自然に食べ過ぎを防ぐ”助けになり得ます。
まずは、一口30回を目安に、食事の最初の2~3口を丁寧に噛むことから始めてみてください。
それを「習慣」にできれば、ゆるやかにでも体が応えてくれる可能性があります。
『嚙む』おすすめ食材
食材 | 特長/働き | かむこと・胃腸への関わり |
---|---|---|
キャベツ | 食物繊維が豊富、ビタミンU(キャベジン)を含み、胃粘膜の保護作用あり | 生または軽く加熱してサラダなどに。かむことで満腹感が得やすく、胃もたれ軽減にも期待できます。加熱しすぎるとビタミンUが失われやすいので要注意。 |
鶏ささみ・鶏むね肉など(高たんぱく質・低脂質) | タンパク質補給に優れ、筋肉量維持を助ける | 噛み応えを残すよう調理(薄切り+塩こうじなど下味)すれば、かむ刺激にもなります |
きのこ類(シイタケ・エリンギ・舞茸など) | 食物繊維と低カロリー性。腸内環境改善のために有用 | しっかりかむ繊維感が良いアクセントになります |
豆類・大豆加工品(納豆・豆腐・厚揚げなど) | 植物性たんぱく・食物繊維・発酵成分で腸内環境をサポート | 納豆などはさらに「かむ」必要がない形状ですが、豆腐をしっかりかむ食事と組み合わせると効果的 |
海藻類 | 低カロリーで食物繊維・ミネラル補給に優秀 | ゼリー状や歯ごたえあるものを選ぶと、かむ刺激に貢献します |
青魚(サバ・イワシなど) | 良質な脂(EPA/DHA)とたんぱく質補給に有効 | 骨や皮を除いた身は比較的やわらかいので、かむ力に自信がない時にも使いやすいです |
こんにゃく・しらたき | 超低カロリーでかさ増し素材として有効 | かむ回数を稼ぐ素材として、満腹感アップに使えます |
ワンポイント: “主食+主菜+副菜” の組み合わせを意識すると、栄養バランスが整いやすくなります。